詩集 その他




もくじ


・裸で君の隣りにいると
・パン職人がやってきた
・待ち合わせ場所
・お喋り
・靴はまちがえる
・ながい電車
・ふしあわせなドーリー
・絵描きの長い旅
・もうひとつの耳のすまし方
・パン職人がやってきた 2
・ウェイター
・ねこあらわる
・君が眠っているうちに
・バスが桜の木をのせて
・60歳になったら
・皿をかさねる
・誰かが捨てた夕焼けで
・わたしがすき
・おふとん干し
・毎朝いつも通り
・波音をきく
・夕立のうちに
・砕ける
・おかえり、おかえりおかえり


last update 13.3.5













 





「 裸で君の隣りにいると 」



君が眠っているうちに
パンが焼きあがったみたいです
お母さんはお父さんを呼び
小さな女の子はテーブルを手早く片付けて
髪を撫でてもらいました
君が眠っているうちに
船は港に帰ってきました
汽笛がそれを教えたとき
おじいさんは手紙を読み終えました
古い机に古い椅子、古いことば、古い手紙

君が眠っているうちに
カーニバルは終わってしまいました
みんな家へと帰っていきます
靴屋さんは松葉杖をついて
理容師さんはかぶっていた白い布をおろして

君が眠っているうちに
列車は花の駅を出て行きます
みぎにひだりに揺られるうちに
荷台から野菜を落っことして
霧の国境を越えました

旅人は列車を降りたあと
空や海や草や道にたくさん名前を付け始める
子どもたちが旗を作りはじめた
なんて名前をつけたんだろう

君がきっと行くことのない
はるか遠い国にやがて雨が降る
裸で君の隣りにいると
雨の音が聞こえるようです












 







「 パン職人がやってきた 」



パン職人がやってきて
この町の匂いを少しだけ変えてしまった
お菓子についてくるおまけのように
雑貨屋はお店の前にバイオリンを飾った
夕焼け休憩中の汽車からは
町に風船がどれだけ浮いてるのかよく見える

パン職人がやってきてから
この町の夜は少しだけ長くなった
こどもたちは苦手だったシーツがけを
きちんとできるようになった
まるくふくらんだ人工衛星
農場と夜空をいったりきたりいそがしい

パン職人のくちずさむ歌は
誰も聞いたことない外国の言葉
立ちどまって聴くひとはいないけど
雨の日はやさしい歌になるのを知っている
はしきれを上手にキャッチして
野良犬たちが橋の方にかけていく

パン職人の毛深く太い腕は
集めた空腹たちをねりあげて狼煙に変える
小さな墓石たちを乾かしていた風にも
いまではほんの少しだけ海の色がつく
いちどだけパンが焼けるまでの合間
古そうな写真を眺めていたのを見たことがある

この町にも戦争がやってきたことがあって
パン職人がやってきたのもそんなころ

「善きにしても悪しきにしても
生きのこったひとのために」

どうりで看板の裏には小さく
そんないたずら書きがあるわけさ



















「 待ち合わせ場所 」



夜のこちら側では
救急車が空気にひっかき傷をつけている
あちらでは葉桜に雨の
降りかかる音さえ聞こえそうなところ

もう待ち合わせ場所には
二人ともついている
コートのポケットに両手をつっこみ
まだ誰も座ったことのない
ベンチの脇に立っている
同じ場所に立っていると
電話をしてもつながらないのだ

待ち合わせ場所が
街の一部に戻るためには
二人がもう会ったという事実が必要だけど

男は今年で三十歳、
女は男の胸に手をあてながら
三十年前に会いに行った
例えば結婚していても
いちども会ったことがない
例えば会ったことはないけれど
どちらも同じ場所に立っている

だから公園のベンチの脇は
いつまでも
待ち合わせ場所のままになる
たくさんの夫婦が手をつないで
葉桜の間を通り過ぎていった
男は遠ざかる救急車のサイレンにさえ
暗闇の中で
置き去りにされてしまったけれど

例えばどちらか
「待ちましたか」と呟き
例えばもうどちらか
「いいえ、少しも」と答えたときには
夜のこちら側もあちら側に
ほんの少しだけれど
近づいた気がする








   












「 お喋り 」



ボクたちは喋りしゃべるねあらゆるところで
台所で滑走路でまだ誰も訪れない朝の駅舎で田んぼで
礼儀をわきまえながらおもんばかりながらけれども砕けちりながら

拍手になって夕立ちになって炭酸飲料になって
ボクたちは喋るしゃべるね埋め尽くしたくて
枝葉の隙間をビルの合間を意識の切れ間へこぼれる息との途切れ間を

口を手でふさがれたってふぐふぐもがもが
腕組みしながら瞬きしながら体を揺すって身振りで手振りで
ボクたちは喋ってしゃべるねおかまいなし

洗面器とピアノと下駄とウェッジウッドを同時に叩いてはくっ付けては
最悪変拍子と摩訶不思議ポリリズム掛けあわせによる往古来今の定形にのせ
美しくも悲哀に溢れ満ち汚れ穢れた嘘々嘘々にホントを冗談程度に織り交ぜて

ボクたちは喋れるだけしゃべるね喋れることをね
引用し結論付け落とし込み証明し問題であるよああ問題だなと歓び騒ぎ
役には立たなくても決して役に立ってはいけないことをね

喋ることがなくなってしまえば喋ることがなくなったことこそが大問題として
ボクたちったら喋りまくりしゃべるね相手を選ばず
女優になればコメディエンヌにもなり司会業の傍ら副業で裏町のおかまちゃんにもなって

秘密めかして華をもたせスルーしては煽り貶め欺き戒めヤマなしオチなし意味がなくても
電話でチャットでマイクで喫茶店で教室で公園で風船と瓶とポストと鳩を撒き散らしながら
言葉になることならみんなどれもぜんぶすべて、ならないことまで

喋ってしまえば必ずどこか間違いになってしまうことを
知ってるからねチョット恥ずかしがりながら
ボクたちは喋りきりしゃべり尽くすねいつか迎える最後のひと言

「なんちて。」に向かい




















「 靴はまちがえる 」



ぽかぽかとあたたかい日には
なおさらのこと
そのくせ歯医者や期末テスト、面接なんかに
行かなくてはならないときは
いっそう靴は
おしゃべりになります
こちらの緊張ぐあいにはおかまいなしに
おしゃべりになりすぎてるものだから
ついつい道をまちがえる

最近起きた
おおがかりな事件としては
さる中東の国で
こりゃ戦争だ、ということになったらしいのですが
鉄砲かついだ兵士たちの靴が一同そろって
おしゃべり好きが多かったために

相乗効果による集団まちがい
気付いたら、グアムで水遊びしていたとか
ハワイで釣りをしていたのだとか
ニッポンで温泉に浸かっていたとか

敵国もほとほと待ちぼうけくわされて
ついつい、ひなたぼっこで日が暮れた









 











「 ながい電車 」



海辺からながい
ながい電車
雨降る町まで
ながい電車
時計が山ほど積んである
ながいながいながい電車

火の山越えて
ながい電車
虹を泳いで
ながい電車
どんな駅とも線路をつなげて
ながいながいながい電車

深い森から
ながい電車
鉄橋ゆすって
ながい電車
どの家からも線路をつないで
ながいながいながい電車

あたまが夕焼け
ながい電車
おなかが朝焼け
ながい電車
しっぽの先がまた夕焼けの
ながいながいながい電車

雲よりながく
ながい電車
超音速度の
ながい電車
風景だけが停車中
ながいながいながい電車

都会の広場へ
ながい電車
頬づえの先に
ながい電車
忙しいと見つからないのに
ながいながいながい電車









 









「 ふしあわせなドーリー 」



クラブ仲間と遊んでいても
ドーリーはひとりぼっち
パブの女の子たちは貝殻のようで
手ざわりだけがいいと思う
どんな奴の話も上手に聞けるのに
なんだか仲間たちの腕にある
時計の輪っかになったような気がしてる

公園の草むらで寝そべっていれば
ドーリーは遠くのもっと大きな時計台になれる
すっかり数字になっている彼のところへ
絵描きがやって来て上手に描いてくれたけれど
声なんてかけられたって彼には
酔っ払いの相手をするより面倒なはなし
そんなの受け取ったりはしないだろうに

両親はいつだって心配する
この子はもしかずっと前から
誰ともいることがなかったのではないか
兄弟のいないせいなんかじゃなくて
まるでじぶんの人生を
小さな古本屋の棚にでも置きっぱなしにしてる
書き手も読み手もどこかの誰かで

花屋の娘と結婚しても
ドーリーはひとりぼっち
高台に大きなお家を買った
奥さんは裁縫とお掃除が得意で
彼はじぶんにおめでとうって言って
ありがとうもちゃんと言う
お隣りのような喧嘩なんてしたことがない

可愛い男の子が生まれたあとも
ドーリーはやっぱりドーリーのまま
じぶんとそっくりにわらう顔が
堪らず恐ろしくなったもので
行きたいところがあるわけでもなく
そのうち帰ってこなくなっちゃった
旅先でからだごとおかしくしちゃった

ドーリーがひとりぼっちで死んだあと
大きな時計台には何も変化が訪れない
町の古本屋が珍しく掃除をしたくらい
公園の絵描きは少し名前が売れるようになって
ドーリーの絵は「しあわせな男」という題を付けられて
美術館の廊下の隅に飾られている









 










「 絵描きの長い旅 」



絵描きは追い返せ
街には入れるな
見張りを怠ることなかれ
立て札を増やしておかなくては
雨と砂を浴びて
バイクにまたがり遠い国から
さっきやって来たかとおもうと
とぼけた素振りでふらりと住み着き
子どもたちからご老人
紳士淑女から浮浪者たちまで
見境いなしに味方につけてしまうくせ
次の朝出ていってはもう帰ってこない
海をまるで生き物みたいに波立たせるし
花に新しい名前を与えてしまう
ましてや人間があんなに美しいものだなどと

鉄線を張り巡らせなければならない
仔犬をどれも番犬として育てなければ
旅人の手荷物という荷物すべて
徹底して調べさせるべし
筆を持ってなくとも指の腹には
絵の具が染み付いてるかもしれないし
イーゼルやパレットを持ってなくても騙されてはならない
大切なのは目の中をよくよく覗いてみる事
ろくでなし一文無しなまけ者に見えていても
大酒呑みの薄ら笑いを浮かべていても
瞳孔の奥に鋼鉄の灯りを隠してあって其処へ
森を吹き抜けるはずの風を吸い込んでいってしまうし
時間を色付きの派手な訳ありにしてしまい、おまけに
道端に絵を描いていた面影まで残していってしまう
まして目に見えない
言葉のまるで通じないものを残していこうなどと

絵描きは追い払え
絵描きは街に入れるべからず
ひとり許せばすぐ三十人に増えると思え
此処にはお前が描くものなど何ひとつないと
付け加えるべきものも
受け止め直すべきものも、何もないんだと
消しゴム代わりのパン切れをぶつけてやれ
中に入れさえしなければ
奴等は勝手に外でのたれる
音楽家だとか詩人だとか手品師だとか名乗る
タチの悪い連中と同等に扱え









 
 









「 もうひとつの耳のすまし方 」



ともかくその日いちにち
みんなで音を出すという決まりだ
なんでもいい
大きな音を出しまくる
子どもにしかなれなかったおとなたちが
金だらいをラッパでたたく
おとなになったつもりの子どもたちが
スリッパでエレキギターをはじきだす
屋上からドラムを放り投げては
クラクションの鍵盤を押しっぱなし
電球もガラスの破裂も
気にしなくていい
どうせひとりでに割れちゃうんだから
服には鈴や
タンバリンを縫いつけるんだ
教会の鐘の中にサイレンを仕込め
SHUREBOSE製のマイク、メガホン、拡声器を
ありたけ行き渡らせておけ
電線は全部ストリングスに取り替えろ
ブラスバンドをロケットにのせろ
花火の打ち上げは途切れさせるな
ずっと手を叩いていてもいい
同時に足を踏み鳴らしてたっていいんだ
そうして
音、音、音で脹らんだ街の
溢れかえった一瞬間のち
余韻の残っているあいだに
みんなで
音のなんにもしない方へ向けて
耳をすましてみるのだ









   











「 パン職人がやってきた 2 」



あしたこの村のお祭りだから
おとなたちはみんな準備で眠らない
風車はまわしっぱなし

まるくふくらんだ人工衛星
あしたは朝から雲ひとつないと
夜空と農場をいったりきたり、忙しい

あした村からたくさんの
こどもたちが旅にでる
ぼくもでる
ちいさな看板と真っ白な帽子を持って
もういちにん前なのだ

ながい一日になる
どの家の工房からも
一日中
ながいながい煙をあげて
バイオリンを鳴らしつづける

ポンパもウチキも、アンゼリカも
西の空を行きたいっていう
でもぼくは東へ飛んで行ってみたい
たとえばニッポンとかいう島国まで

村長の挨拶は毎年おなじ
ぼくの生まれた小さな村が
むかし焼け野原になったとき

ひとりの男がやってきて
瓦礫でパンを焼いたはなし

悪いことがわるいのも
おおきな戦争が
あったのも
ただ、空腹があるせいだから、と
みんなを満腹にしたはなし

あしたは村のお祭りだから
こどもはとっくに眠ってしまった
ぼくよりちいさなこどもたちも
将来みんなパン職人になる

おとなたちはみんな準備で眠らない
風車はまわしっぱなし
生地でこしらえた沢山の熱気球
パンの匂いを詰めこむために









 











「 ウェイター 」



ウェイター
古い型のレジスタを鳴らす
注文どおりの料理を運んだ
灰皿を取り替えた

1番テーブルからは
専門用語ばかり聞こえてくる
それで話は進んでいません
2番テーブルは
食べこぼしがひどくて
まるでだれかの悪口みたいに
3番テーブルでは
もう四十分の別ればなし
そのうち三十五分はこどものはなし
4番テーブルが
二人のはなしに聞き入っている
携帯電話とマカロニグラタン
5番テーブルを開店前に
少しだけ念入りに磨いておく
だけど今夜はずっと空席
6番テーブルの
本を読んでるお嬢さん
最後のページで待ち合わせ
7番テーブルは以前
髭だらけの男のものだった
いまは映画でしか会えないけど
8番テーブルから
背の高い女性が席を立つ
ラークの空き箱を隅に残して

三日続きの雨で店内の灯りは
街中の側溝から浮き上がる
壁の絵にわざとらしく描かれている
果物かごか御婦人の顔

ウェイター
古い型のレジスタを鳴らす
勤務時間はもう過ぎた
着替えに戻っていくところ








  
 










「 ねこあらわる 」



くしゃみしたならねこあらわる
くしゃみずきなねこころがって
こちらをちらり。ですぐまた消える
ウトウトしたらばねこあらわる
居眠りずきなねこちかよって
はっと顔をあげる。とすぐまた消える
どうもちかごろお天気のほうが
ねこめいてますねそうですね
うわさをしてたところなのです

音楽かけるとねこあらわる
スピーカーの裏にねこひそんでいて
シンバルに驚きすぐまた消える
口笛ひゅるりでねこあらわる
洗濯かごからねこかおだして
叱られるまえにすぐまた消える
焼売あっためたならねこあらわる
お鼻フンフンねこ気になっちゃって
カラシをにらんですぐまた消える
十円入れればねこあらわる
賽銭箱のなかからねこ手を伸ばして
撫でられるまえにすぐまた消える
道でころぶとねこあらわる
理容室の屋根からねこ見下ろしてきて
一瞥。見てない振りしてすぐまた消える
恋にころぶとねこあらわる
追い払ってもねこすり寄ってきて
鈴を鳴らしてすぐまた消えて、あらわれて
ことほど左様
ねこあらわれそうなことをするとねこあらわる
そらほら
やっぱりねこあらわれて
からかわれたことにねこ気が付くと
ねこ恥ずかしそうにそそくさ消える
どうもちかごろの経済動向ときたら
ねこ傾向ないしねこ化まっしぐらですねいかがですかね
議論されていたところなのです

ねこきえて
ねこあらわる
ねことびのってねこあるいてねこねころんで
ねこ鳴きごえにゃあでねこ耳のうら掻き
あら、そのしっぽもすてき
ながいおひげも、うふふ
春になってねこあらわれて
八百屋さんちのおかみさん消える
あのひとったらこのところ
紅い鈴なんてつけちゃったりして
ねこ気味みたいね気をつけなさいね
うわさをしてたところなのです








  
 











「 君が眠っているうちに 」



ベルは最後に鳴ります

君が眠っているうちに
色とりどり着飾った女たちが
おしゃべりしながら通り抜けていきます
くすくすおほほと笑う拍子に
ヒゲやシッポがこぼれ落ちていってしまう

君が眠っているうちに
痩せた男が音楽のない舞踊を
披露して通り抜けていきます
拍手はないけれど満足そうに
両手を左右にいっぱい振って

君が眠っているうちに
月はいちど軌道を変えて
部屋のなかを通り抜けていきます
窓もカーテンも反対側の壁も
星空のなかでは初めから無かったことに

君が眠っているうちに
絵描きと掃除夫が入れ替わりたちかわり
床から天井まで絵の具とモップを
ぶつけ合いながら通り抜けていきます
ちゃんと消されているようで寝顔の絵だけが棚の後ろに

君が眠っているうちに君の枕で
子どもたちはリフティングをして遊んでいきます
朝焼けが差しておかあさんが迎えに来れば
蹴飛ばしてしまった本もレコードも
慌てて元に直したあとで走って帰る

さあ、とりあえず
これで今夜の演目は終しまい
ベルは最後に鳴ります
君はちょっと不満気に腕を伸ばして
ボタンを押してそれを止めます











 









「 バスが桜の木をのせて 」



バスにもたれて揺られていると
なつかしいひとが乗り込んできて
私のすぐ後ろの席に座っている

バスにもたれて揺られていると
いつのまにか、どの乗客たちも
花びらになってしまっている

新宿で桜の木をのせたまま
海岸から波打ち際へと砂をまきあげたり
金門橋で夕暮れを追いこしてしまったり

ヨーロッパの森で停留所を見失ったあと
サーカスをよけて大きくカーブをきったりして
やがて運転手に揺りおこされても

バスは桜をのせたままで
おとうさんもおかあさんもまだいた頃の
団地の裏に停車してます












 






「 60歳になったら 」



60歳になったら名前を変えたい
60歳になるまでの名前はもう
意味の零れ落ちるだけのスポンジにして
大事だったものぜんぶいっしょに
タオルのはいったカバンにしまって
円環状に回る電車の手すりに
ぶらさげておきたい

60歳になったら自分とも結婚がしたい
60歳まで格好良いことのまるきりなかった
暮らしを憶えてるだけ全部招待してやって
一度謝った後にお祝いがしたい
その後は二度と謝ったりはしない
60歳になったあの女の子が
庭先で星のクラクションを鳴らして待っている

60歳になったら10代へ話しかけてみたい
20代の長すぎた靴紐と
30代の内側までまっ黒にしたゴム手袋と
40代の細るまで摩っていた棒きれと
50代の地図とシャベルを引きだしから出して
その奥の箱にしまったままだった10代と
夕暮れ屋根に梯子をかけて話がしたい

60歳になったら模様を作りたい
六畳間の床と壁と天井と
染み焦げつきを丁寧に一枚に剥がしとって
見たものや聞いたものを隙間の無くなるまで塗りつぶして
乾くまで待ったら完成の
単純な模様の絨毯になっていたい
テーブルと灯りだけを置いておく

60歳になれたら時計と靴を仕立てておきたい
1分間と1時間の区別がつかない
どちらも同じ長さの針のやつと
世界なんて狭いところでは履けないやつ
買いに行ったお店でばったり会った
60歳になった友達もおんなじことを言う
僕達は60年間の比喩なんかじゃなくて

60歳になったら少しだけ可笑しな名前にしたい
60歳まで生きてる事がほんの少しだけ
似合うようになりたかっただけだから
生きてる事がほんの少しだけ
似合うようになってくれるような
そんな文字がなかったら
そんな文字をつくればいいから




















「 皿をかさねる 」



皿をかさねる
どんな料理でも
皿が汚れる

皿をかさねる
指先に祈りを込めて
汚れを落とす

蒸気があがる
床下に壁の中に
張り巡らされた水道管から

私は皿を汚す
それから洗い続けていく
どちらも私のつよいいのちで




















「 誰かが捨てた夕焼けで 」



誰かが捨てた夕焼けで
花を育てているんだよ



















「 わたしがすき 」



わたしがすき
あのね
顔がすき
声が
話し方がすき
この髪型がすき
似合ってる
うっとり
趣味がいいの
髪飾りから
選び抜いた靴まで
やわらかな腿も
このしなやかな腕も指もすき
硝子の肌も
薄く浮きでた骨の形もすき
整えた爪のカタチもすてき
それにねアタマもいい
物識りで
気が利いてて
なのにちょっと抜けてるとこもすき
愛嬌があるじゃない
やさしいコにならやさしくできるのがすき
ほしいものには正直になれるところもすき
ちょっと強引でも
容赦しないところが
徹底してて
とってもいいとおもう
わたしがすき
すきなところなんて多すぎてね
ああ、かぞえているときりがないの
きりないうちに
おばあちゃまになったわけなんだけど
鏡があれば
嬉しくなるのよ
わたしがすき
だいすき




















「 おふとん干し 」



昼間のうちに
おふとんの模様いっぱいに
あつめておけば
夜には部屋のなかいっぱいに
少しずつ溶けだしてきてる

ざまあみろ
光をこんなにあつめられるのは
おふとんの他にはないだろう
こんなにも生活を讃えてくれる
匂いなんてないじゃあないか

ひとりだってかまわない
深呼吸したあとで
どぼんどぼんと
飛び込んでやるのさ




















「 毎朝いつも通り 」



彼は毎朝通り、いつも通りの時刻にネクタイを締めて
玄関で靴を履いた。
花瓶に一度視線をやってからすぐに戻し、いつも通りの口調で私に
いってきますと言う。
いつも通り毎朝通りのその通り。

その毎朝通りぶりが私にとっては、今朝
いつも通り過ぎたのかもしれない。きっと。
扉が閉まるまでの彼の姿を見送りながら
これっきり彼が、もうこの家には戻ってこない気がして
それで私だけが玄関に立ち尽くしてしまった。
彼は団地を出たあと
いつも通りという大通りを一目散に走り去りながら
ネクタイを脱ぎ、靴を投げ捨て
着慣れたシャツも
ズボンもほっぽって
いつもとは違う路地を曲がると
いつもなら乗ることのない電車に乗って
いままで聞いたこともない小さな駅で降り
見覚えのない川と谷を渡りそれからそれから
丘と山と岳と峰と頂を越えて下りて
知らない人たちしか住んでない街を通り
旅人たち専用のエキゾチックな港に停泊中の
貨物船に潜りこみ遠くの遠くの遠くまで
不思議な響きの名を持つ外国へと密航することを計画。すぐさま敢行。
(財布は脱ぎ捨てたズボンに入れっぱなしだったという大失態)
長く窮屈な航海を経て、すわ到着というそのときに
悪の団員でもある船員に見つかって追っかけられて
海に飛び込んで腹うち、ばちゃばちゃ泳いで銃弾をよけ
からくも深い森へと逃れて
猟師の罠にかかっていたかわいそうなきつねを助け
そこからはそのきつねといっしょ。
励ましあいながら彼は旅を続けることだろう。
けれどもお腹が空いてしまうだろう。
裸のまま寒いのに、服を買うお金すらないんだもの。
せっかくの海外なのに
ひと気のないシーズンオフの寂しい海岸をとぼとぼと歩く彼。
ぴょんぴょんと跳ねるきつね。
こんなにしてまで一体、彼はどこに向かって歩き続けていくのだろうか。
お金も会社も通勤電車もない国だろうか。
きっとなんの責任も心配もローンもリストラの心配もいらない国。
不安もなく彼の肩があんなに凝ったりしない国。
水虫まで治りそうな国。
もしかしたら若い女の子たちがみんな彼に夢中になる国。
ブリジットフォンテーヌがどこかのアパルトマンで彼のために歌を披露してくれる国。
彼だけの知る目的地へ。
そんな土地がホントにあるのかも分からぬまま
そこまで行くのが果たして、しあわせなことなのかも知らぬまま
何も言わず
歩いていく。
疲れたからだで。
好物のエビフライも我慢して。
かわいそうな彼。
あときつね。
ふたりで肩を寄せ合うだろうか。
夜空に星はきらりとでているだろうか。

扉があいた。
彼は戻ってきた。
財布を忘れた!と
珍しく慌ただしげに。



















「 波音をきく 」



まだ隣りにいるような
波音をきく
目が覚めてから

目を開けるまでの



















「 夕立のうちに 」



古いテーブル
コップの滴が
染みこむうちに

雨の中から
幾通りの音楽が
聴こえているの

夕立ちのうちに
五十年
暮らしてた

きみがきえて
ぼくもきえて


からん




















「 砕ける 」



車椅子が野原にとける
男の子よさようなら
飛び散る魚の反射のうちに





















「 おかえり、おかえりおかえり 」



ゆうやみとかげ
電車まっくろ
びょういん
なくしものひかり
九月
とけい
こどもいないこども
おかえり、おかえりおかえり

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