詩集 うまれなかった子どもたち





もくじ
 
・ホーム
・金曜の朝  
・遠い外国の屋根の上
・かご
・ふうせん  
・ホットケーキは誰のもの  
・入学式
・雨が連れてくる
・とーすとおんざさん
・音符
・名前で書かれた楽譜について
・バスタオルの海
・シーツとムスメ
・お洗濯
・うれしい


last update 14.8.25
 






 




 







 「 ホーム 」 



 夕暮れの始まりには
 電車も家に帰り着いているよ
 そう、ぜんぶ

 雨戸がひとつ閉まるたびに
 天国ではピアノがひとつ鳴る
 そう、どれも

 だれもおたがいのこと
 なんにも知らないまま
 大人になってしまうけど

 夕暮れの終わり頃には
 こどもたちが楽譜の上を
 慌ててかけていくのが聴こえてる

 沸かしたてのお風呂のうえにも
 その波紋がひろがってる
 いくつも、いくつも






 




 







 「 金曜の朝 」 



病室前のバス停に
貼られた時刻表を覗き込み

金曜日には帰れるんだよ
お母さんが来てくれるんだよ

取ってあげたイチゴのへたを
おはな、と言って微笑うのさ









 


 







 「 遠い外国の屋根の上 」 



お昼過ぎ五時限目の授業中のこと
僕があくびをしたそのせいで
遠い外国のとある屋根の上に
ちょうど陽があたりはじめたのです

教科書の滲んだ文字に落ちる、うとうと。
という音のリズムで一匹の黒いネコが
屋根の上を歩き過ぎようとしたけれど
あったかくて立ち止まってみたのです

屋根の下に流れる川をネコが覗き込むと
ゆらゆら揺れてよだれのたれそうな
僕がうつっているのでした
カモメがおでこのうえを通っていきました

赤んぼたちの寝息をたんまり吸い込んだ
洗濯物をおばさんたちが取り込んでいきます
午後の時計が二度三度、うっかり針を止めましたけど
誰がそんなこと気付くでしょうね

それよりもっと不思議なことには、この教室も
その遠い国もおなじ頃合いのお昼下がりだってこと
おかしいな、終業チャイムはもう長い間
ずっと鳴らないのです、鳴らないままで

ネコもあくびをやらかしました、そのせいで
僕もいつのまにやら屋根の上にいて仰向け
つまり不思議なことなんてなにもなかった
ネコの夢の中にいるのが、僕だったのですから

そんなわけで遠い外国の屋根の上
ネコも僕もおなかをだして
眠るのだ









 


 







 「 かご 」 



なにか音がしたよ
犬が、ぴぴん
耳をむけたよ
でもすぐにまた伏せて
寝息をたてたよ

音なんてしないよ
馬車が、かたたん
足をたたむよ
水門も夕暮れ仕掛け
ひとりでにとじたよ

なにか音がしたよ
青年が、ぱたん
本をとじるよ
さあ、なんて長い旅だったろう
もいちど目をとじるよ

音なんてしないよ
神様も、まだ
生まれたばかり
この子の傍で、ぽつり
寝息をおとすよ









 


 







 「 ふうせん 」  



とうさんのせなか
ゆられるうちに
いきている子が
てわたしたふうせんを

うまれなかった子が
うけとって、うれしそう
そらを
はしっていきました









 


 







 「 ホットケーキは誰のもの 」 



ホットケーキは誰のもの
ホットケーキは
天使のもの
だけど天使は食べられないから
かわりにわたしが食べたげる

ホットケーキに特製シロップ
どっちもお手製
かあさんのもの
でも夜中まで置いてても冷めちゃうから
かわりにわたしが食べたげる

ホットケーキは誰のもの
ホットケーキは
にいちゃんのもの
だけどお空にもケーキはいっぱいあるから
かわりにわたしが食べたげる

はいどうぞ






 




 








 「 入学式 」 



体育館では
やっと整列の終わり
入学式が始まってピアノが鳴って

旧校舎の放送室からは
まだうまれてはいない子たちの声が溢れてくるのだ

うまれてはこなかった子たちが
空の浜辺の風打ち際でそれらを聴いているのだ

流れ寄せた桜の花びら一枚
名札にして胸にくっつけて






 





 







 「 雨が連れてくる 」 



水道管から聞こえてくる
遠くから雨がやってくる
おとなたちはおしゃべりをやめて
会えないひとに手紙を書き始める

ラジオが音楽を止める
もう雨は近くまできている
眠っていることの方が多くなった老人も
子どもたちとおんなじ夢を見始めた

取り得なんてなかったけれど
旅にならよくでたものさ
一週間がまだ十日で過ぎて
一日は三十時間あった頃のこと

雨の音は校舎のなかを
詩集の余白で一杯にする
まだお昼をすこし過ぎたうちから
たくさんの放課後を持ち寄って

女の子は誰もいなくなった
交差点で信号待ちをしている
信号機はずっと変わらないまま
なつかしい旅人が通るのを待っている

ずっと前に忘れていたような
そんな雨が降ると

公園の茂みに立っている
銅でできた男の子も
おかあさんの待つところへ
急ぎ足で帰っていくよ








 



 







 「 とーすとおんざさん 」 



カップへ銀河を200cc
トーストは6枚切りにして
太陽のうえにかけておいて

流星雨で野菜たちを
丁寧に洗い終わり
真白い月のクレーターに
きちんと並べ終える頃

あなた、そろそろ
こどもたちを起こしてきてくださいな

惑星はフライパンのなかで
ちょうどいい焦げ加減
環っかもきれいに焼けました







 




 







 「 音符 」 



いまはまだ
高いほうの
ドのあたり

家の窓から見ていると
五本の電線に引っかかった
夕陽は大きな音符みたい

夕暮れのなかにいるだけで
子どものぼくもおなじ僕
リコーダー鳴らして
待ってようよ
もうすぐかあさん仕事から
自転車で帰ってくる時間だよ

夕暮れの音符が
ゆっくりと低いほうへ
誰かのお家のほうへ
落ちていく

もうすぐ
すぐそこ
ソのあたり








 



 







 「 名前で書かれた楽譜について 」 



街中のあっちら
こっちらから拾いあつめてならべてみる
うまれなかった子どもたちの名前で書かれた
楽譜を演奏する楽器があるのであれば
あの幼稚園の教室からはじけあふるる
横暴シッチャカ大合唱くらいの
ものである







 




 







 「 バスタオルの海 」 



バスタオル、バスタオル、バスタオル
海をすっからかんに飲み込んで
砂浜へあがってきた子どもの数だけ

バスタオル、バスタオル、バスタオル
魚もぜんぶおなかのなかです、だから
世界中の布切れをぶつけて叱らなくちゃ

まっ黒に日焼けしたからだを
ひと拭き
泳げるようになれなかった顔を
ひと拭き
いじめっこもいじめられっこも
拭きあげ

湿り気の粒子をひとつ残らず、許さず
やわらかな繊維で
抱きあげてやってください

バスタオル、バスタオル、バスタオル
やがてほっぽりだされたタオルたちを
おとなたちが集めたなら

海をただのタオルにして
バスタオルが
一枚の海になっちゃった








 



 







 「 シーツとムスメ 」 



シーツというのは、よく晴れたまっぴるま
置き去られた一枚のみずたまりのことです
風はなくても波紋というのはまるくいくつも拡がるものです
それはシーツの裏側でうまれなかった子どもたちが
跳ねて遊んでいるせい
短い手足で影だけじゃぶじゃぶ
鳴らして遊んでいるわけです
今朝、このシーツを地図模様に濡らした
犯人であるところの、つまりうちのムスメがまったく悪びれもせず
その様子を眺めては仲間に
入りたそう、うずうず
羨ましそうにしているもので
なんてわるい子なんだろう、なんてわるい子!
やっとのこと干し終わったシーツがつかまえていた眩しいものぜんぶ
ムスメのあたまにぶっかけてやって
わやくちゃのざばざばのくしゃくしゃのおひさまの匂いじゃぶじゃぶ
おもいしらせてやらねばなりませぬ




















「お洗濯」



カズちゃんの靴下宙がえり
ユキちゃんのスカートでんぐり返し

トモくんのパンツだけみんなに
はいっていけず
へりに貼りついちゃって

汚れておいきなさい
こんなにまみれてきたのだと
いっそいばって帰りなさいな

おかあさんたちの撒く洗剤のせい
空ごとぶくぶく泡を立てて

団地じゅうの洗濯機がベランダで
いっせいに轟音、整列、伸びやかな
ディストーションをかけ

おおきなスピーカーに
なったところ





















「 うれしい 」



うた うたう だんだんだん
声 おおきくなる なるよ
いいよ いいんだ こんな きもち この
うれしい よ の もっと うれしい
声 おおきくなる なる るる なって
しずかに!って叱られて 首をすくめる
びっくり それでだまる
でも こんどは小声で
うた うたう ひそひそひそ そっとあのね
おとうとがね うまれたよ




















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